〒カワチ日手紙〒- 外 -

「あえて」以降の、生きる仕方の試みの記録。「父」像、「家族」像への試み。文中に出てくるCは妻で、五部林は息子です。

二十年来のレッドカーペット

 きょうは、朝から、Cと五部林が出かけた。
 ぼくは、ならシネマテーク(なら国際映画祭)の上映会に出かける予定にしていたけど、正直、ふたりが出かけた後、眠くて(最近、悪夢が続いて、ぐっすり眠れていない)、外は暑いし、奈良は遠いし、どうしようかと思っていた。
 でも、やはり、ぼくにとって、何か総括的な意味合いをもつだろう、きょうの上映会は行かないわけにはいかないだろうと、重い腰を上げて、外出。
 守口→地下鉄(谷町線)→天王寺→JR大和路線(快速)→奈良。
 JR奈良駅が改修、高架化していたことは何かで見聞きしたような覚えがあったけど、すっかり忘れていたので、とても驚いた。奈良を訪れたのは、それぐらい久しぶりのことだった。前回はいつだったかも覚えていないぐらい。
 上映会会場の奈良国立博物館まで、歩いて行くつもりだったけれど、暑さに負けて市内循環バスに乗車。「氷室神社・国立博物館」バス停で下車。十三時半頃には着いてたが、すでに博物館前には行列ができていた。
 十四時、上映会の整理券配布、五百円。前から三列目に席を確保して、上映開始の十五時まで、奈良公園内で暑い陽射し、日陰にいる鹿たち、外国人観光客を眺めつつ、遅い昼食を食べながら、きょうまでの約二十年間のことを思った。

http://instagram.com/p/bu_rEAvXmW/

 きょうの上映会の上映作品は、是枝裕和監督『誰も知らない』(二〇〇四年)。
 上映会終了後、是枝監督と、今も地元・奈良で活動されている河瀬直美監督とのトークショーが設けられていた。

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 ぼくと河瀬さん(の作品)との出会いは、一九九五年、当時通っていた大学の「ドキュメンタリーと現代」という、今は亡き、元・小川プロの福田克彦監督の授業で、河瀬さんの『につつまれて』と『かたつもり』というセルフドキュメンタリーを見せてもらったとき。河瀬さん自身も、授業に来てくれていた。
 ぼくは、あの授業で見たロバート・J・フラハティ監督『極北のナヌーク』から亀井文夫『戦ふ兵隊』、土本典昭、羽仁進、原一男などの日本の現代ドキュメンタリー、そして(たぶん)最後が河瀬さんの作品だったと思うが、その一年間の授業で、初めて、ドキュメンタリー、映像、映画というものの、娯楽というものだけではない、社会参加の可能性を感じたように思う。
 それから、時を同じくしてテレビドキュメンタリー出身の是枝裕和監督の劇映画第一作『幻の光』(一九九五。宮本輝・原作)との出会い。ぼくは、それまで是枝裕和という人のことをまったく知らなくて、ぼくにとって、すごく大切な作品だった宮本輝幻の光 (新潮文庫)』を映画化した人というぐらいの認識だったのだけど、実際にその作品を観て、ものすごく衝撃を受けた。
 それは、これまで観てきた他の映画のどれよりも「カメラと被写体の距離感」のようなものが絶妙というか、意識的だったというか、大学の授業でドキュメンタリーを見ていたからかもしれないが、そういうものを『幻の光』には感じ、そして、監督はどのような人なんだろうと思ってパンフレットを見ると、テレビドキュメンタリー出身の人だとわかって、正直「やっぱり」という感想だった。
 それから、ぼくは、彼の作品は、新作はもちろん、後に観た、彼の『もう一つの教育〜伊那小学校春組の記録〜』という作品は、それから、ぼくがインターネット放送局で里山で過ごす子どもたちの一年を撮影するという企画を立ててカメラを向けていたときも、そして、今でも、ぼくが、子どもたちを被写体にして(スチールでも)カメラを向けるときの原点になっている。

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 それから、一昨年、二〇一一年六月四日~六日。
 七月末が出産予定日だった五部林が生まれる前(実際には、三週間もはやく、七月十一日に生まれることになるのだけど)、ぼくは「父になる旅*1」に出ていた。
 行き先は石川・能登地方。
 父になる、ということの、覚悟がどうしてもできなくて、そして、最後の、子持ちじゃないひとりの時間を過ごししたくて、Cの勧めもあり、出かけた。
 ポータブルDVDプレイヤーを持って、夜、輪島の旅館で是枝裕和監督『幻の光』(DVD)を観た。宮本輝の原作も読んだ。そして『幻の光』のDVDを見終えて、映像特典の「生まれた場所」を見ていたら、ぼくも、この映画の舞台となった海沿いの小さな村の廃屋に行ってみたくなり、翌日、観光案内所でロケ地を教えてもらうも、ロケ地は教えてもらった大沢(おおざわ)ではなく、鵜入(うにゅう)という集落であることを、是枝監督からツイートしてもらう、という経験をした。

映画「幻の光」は、この小さな埠頭にカメラを備え付けて、そこから撮影されていたんじゃないかな。そのスクリーンのなかの風景が、... on Twitpic

 あれから二年。五部林も先日二才になった。ぼくも父となり二年が経った。
 ほんとうにいろいろあった二年だった。とくにこの一年。
 そして、きょうの上映会だった。

 映画『誰も知らない』を観たのは、約十年ぶりだった。
 十年前、ぼく自身はまだ三十才になるかならないか、そして、結婚もしておらず、五部林もいなかった。インターネット放送局を辞め、十二年ぶりに生まれ育った大阪に戻って来、東大阪にある知的障害児施設(現・福祉型障害児入所施設)に勤め始めた(勤務開始は二〇〇四年九月十六日)ばかりの、二〇〇四年九月二十四日、心斎橋のパラダイススクエアという映画館で観た。
当時、ぼくは観た直後の感想に

(略)うん、良い映画だった。子役(といっても、この作品は子役しかほとんど登場しない)の演技とはいえない演技が秀逸。以前から触れていた映画評では、子どもたちを置き去りにした母親(演じていたのはYOU)を断罪しないこの作品は「映画足りえていない」みたいなものも多くあったけど、ぼくは、そんなこと全然感じなかった。そういう悲劇は底辺に重く流れていながらも、その中でその日常を日常として生きる子どもたちの数々のエピソードが、愛しくて仕方がなかったし、終盤、そこでもうひとつある悲劇が上塗りされることになるのだけど、底辺に流れる「置き去り」という悲劇とは別のこととして、ぼくはちょっと涙が滲んだ。シーン、カット、それぞれが計算され尽くされた感があり、それはちょっと観ていて重かったし、これまでの是枝作品とは異を呈していた趣きがあって、そういう計算されてないところで見れる、偶然性溢れるキレイなカットが観れることが、是枝作品のぼくの好きなところでもあったので、残念だったけど、正直、この映画は、彼のこれまでの作品のなかで、色んな意味を含めて「観やすい」映画なのではないか、そう思った。
(「〒カワチ日手紙〒」)

 と、書いている。
 それから、ぼくは、去年八月、この知的障害児施設を退職するまでの約八年間にいろいろなことを経験する。
 まずは、仕事。初めて、きちんとした組織に属しての仕事だったため、ほんとうにいろんなことがあった。二十代のぼくなら唾棄してさっさと辞めてしまっていた事柄の多くにも耐えた。でも、そうしていくうちに、なんだか社会のありようみたいなものが、だんだんと理解できていた時間でもあった。
 それから、結婚、母の死、五部林の誕生、退職、主夫生活…。
 約十年後のきょう、良くも悪くも、そういう自分自身の環境の変化が、作品についての感想をかなり変えた。
 端的に言えば、登場人物の子どもの側ではなく、(母)親の立場で観ていたり、さらにはその親自身ではなく、それをとりまく社会を考えたり。
 年をとったなぁ、と少しさみしくもなりながら。
 十年前、ぼくはこの作品について「彼のこれまでの作品のなかで、色んな意味を含めて『観やすい』映画なのではないか」と書いたけど、最近の映画、そしてテレビ、そしてYouTubeニコニコ動画などの動画に慣れさせられてしまっているせいか、きょう観ていると、とても「観やすい」とは言いがたかった。最近の日々で、こうしたじっくりした映像(映画)に触れる機会も、労力も、ぼくにはない。映画を観るのも体力が必要だ。
 ただ、上映前に、ならシネマテーク(なら国際映画祭)のスタッフの方が話されていたけれど、映画館で映画を観ることもシネコンに慣らされてしまい、その他の機会もDVD、パソコン、タブレットで観ることに慣らされたぼくらにとって、映画館で、フィルム(きょうは三十五ミリフィルムの映像で、映写技師さんもいたらしい)で、全席指定席ではなく、空気清浄機が設置されているわけでもなく、座席が交互に配置されているわけでもない、前の人の頭の間から、少々見づらくても「誰かといっしょに」映像(映画)を観る、という経験は、ものすごく貴重だったと思う。
 光の粒が映像なのだな、と、改めて思った時間だった。
 とても明るい光がスクリーンからあふれてくるシーンが多かった。眠かったし、座席は固くお尻も痛かったけど、結局、最後まで見通した。それは、内容に惹かれて、というよりは、その光や時間と場所を誰かと共有している、という経験を楽しんでいたようにも思う。
 でも、それこそが映画なのかもしれない。

 映画『誰も知らない』の茂くん役の子役・木村飛影*2くんの演技に、ぼくは、やっぱり、五部林を思った。
 左利き、落ち着かない、奇声…。
 上映会終了後のトークショーで、是枝監督は「彼は、オーディションでも席に座ることなく会議室にあった給湯機でずっと砂糖水をつくって飲んでおり、『かぶと虫』と呼ばれていた」とか、「茂くんのモチベーションを下げないのが、唯一の『演出』だった」とかいう話も聞けた。
 作品の最後のシーン、血縁じゃない存在(韓英恵が演じる「サキちゃん」だったっけ?)がいることが「希望だった」と、後にフランス人の記者から是枝さんは指摘を受けたらしい。撮影時に、血縁・非血縁ということを意識して撮っていたわけではないが、是枝さんは、その他の作品についても「映画が作品のなかだけで閉じないようにしている。作品を観た観客に『ひろがり』をもたせるように」と話していて、また、是枝さん自身、映画を撮っていると長期間家を空けていることが多く、前作『奇跡』で九州ロケをしているときは、たまに帰宅すると、娘さんと、お互い部屋の隅と隅で落ち着かなく過ごし、また仕事に出るときは娘さんから「また来てね」と言われたエピソードも紹介。父親として、「血縁」が大事なのか、「いっしょにいる時間」が大事なのか、それを是枝さん自身が身につまされて考えていたことが、新作の『そして父になる』の構想のきっかけになったとも。
 また、河瀬さんからは、『誰も知らない』にしても、『そして父になる』にしても、『歩いても歩いても』にしても、是枝作品には、不在という方法で強く父親が登場し、逆に存在感を感じることが多いと指摘されると、「自分自身のとりまくものが、良くも悪くもじぶんの作品には反映されていると思う。父親という存在については、これまでの作品でも何度もテーマのようになっていることは、自分自身、父親との関係について、相当『根深い』ものがある」と話していた。
 ぼくが、是枝作品を見続けているのは、この「根深さ」にあるのかもしれない。

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 ぼくにとっては、きょう、是枝裕和、そして、河瀬直美という、おふたりと二十年ぶりに再会するという一日だった。
 それととともに、ぼくは、じぶんの二十年を思う時間だった。
 トークショーで、河瀬さんは、先日の第六十六回カンヌ国際映画祭で、二十年来のお付き合いがあるお二人が、是枝さんが作品招聘監督(『そして父になる』、コンペティション部門審査員賞を受賞)、河瀬さんがコンペティション部門の審査委員という立場で、レッドカーペットを歩いていたとき、その二十年を思い「感慨深いものを感じた」と話されていたけど、まったく別の次元で、ぼくは、きょうの奈良国立博物館が、まさに、二十年来、ふたりの映画を見続けてきたぼくにとっての「カンヌ」であり「レッドカーペット」だった。
 また、カンヌ国際映画祭ということでいえば、日本のメディアで伝えられるのは「賞獲りレース」だけだが、それだけではない「豊かな場所」であり、是枝さん曰く「長い映画史の末端に自分も存在するという歓びを感じることができる」場所だったのだそう。
 また、脚本賞に選ばれた中国のジャ・ジャンクー賈樟柯)監督『A TOUCH OF SIN(天注定)』は、オフィス北野が製作に参加し、記者会見での第一声は「(プロデューサーの)市山(尚三)さん、オフィス北野に感謝します」だったらしく、こういう世界の映画づくりに日本の人材が参加しているということも日本のメデイアはもっと注目してもいい、と、是枝さん。
 記者会見といえば、是枝さんが『そして父になる』で審査員賞を受賞した際の記者会見で

今日、ここに立てることを感謝して、カンヌ映画祭と審査員メンバーに、お礼を申し上げます。この賞をスタッフ全員、特に俳優たちとかみ締めたいです。私を生んでくれた両親、娘を産んでくれた妻に、感謝の気持ちを伝えたいです。ありがとうございます。
http://www.festival-cannes.com/jp/theDailyArticle/60415.html

 と、述べたことについて「あの発言だけクローズアップされるのは、とても恥ずかしかった、でも、奥さんのお義父さんから『よくぞ言ってくれた』との電話があり、ま、これも良かったかも」というエピソードもトークショーでは聞くことができた。

 上映会終了後、会場を出ると、小雨が降っていた。
 是枝さんじゃないけれど、きょうのこの時間をつくってくれたCと五部林に感謝。
 そして、この上映会を企画、シネコン以外の映画館がなくなってしまった奈良で、映画を通じた人と人とのつながる場を提供し続けておられる、ならシネマテークのみなさんにも感謝した。

 この是枝裕和、そして、河瀬直美というふたりの映画監督、映像作家に共通するものは、やはり、どちらもドキュメンタリー出身の監督、映像作家だということであり、自分自身に向き合うことから作品づくりを始めるという姿勢、オリジナルの映画をつくり続けているということだと、ぼくは思う。
 そして、その姿勢は、強い、と。
 最後に、河瀬さんは「映画という仕事」という言い方をしていた。
 たしかに、映画も「仕事」なのかもしれない。このふたりの監督は、ほんとうにそれを自覚して「希望」をつくり出していると思う。そして、映画だけじゃなく、たぶん、「仕事」というのは、本来「希望」を作り出すものなのかもしれない、忘れてるけど。


(追記)

  • 良多四部作

→是枝さんによると「『歩いても歩いても』の主人公・横山良多(阿部寛)、『ゴーイングマイホーム』の主人公・坪井良多(阿部寛)、『そして父になる』にも良多(福山雅治)が出演しており、次々作にも登場させる予定」とのこと。
 どうやら、「良多」という名前は、是枝さんの高校時代のバレー部の後輩のYくんの名前らしい。とてもいい奴らしい。

→河瀬さんのルーツ、そして、是枝さん自身も先祖の出自である奄美大島を舞台とした次回作にプロデューサーとして関わってほしいと河瀬さんはラブコールしているらしい。

→『そして父になる』にも出演している尾野真千子(ぼくはドラマ『最高の離婚』で初めてきちんと知った女優さん)は、実は、河瀬直美監督第一作『萌の朱雀』(一九九七年)がデビュー作。『殯の森』(二〇〇七)にも出演。
 河瀬さん、是枝さんに尾野真千子という女優さんについて、聞いてみたかったけど、その他の話でお腹いっぱいになって、聞くの忘れてた。

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